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by 南 かおる ( 心理セラピスト・ボディセラピスト・断食指導)
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人生の謎が解けたとき

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先日のblogに「人生の謎が解けた時に、無性に意味のないことをやりたくなった」

と、書きました。

「人生の謎が解けた」なんて言うと、

偉そうな感じがするかもしれないんですが、

逆に謙虚な気持ちが湧いて来るんですよね。

不思議と。



今まで「自分の幸せ」「自分のやりがい」「自分の人生」と思って執着していたものが、

ホロホロとほどけ、

「そんなものは無い」

という結論に至ったのです。



これは、非二元(ノンデュアリティ)のメッセージに、

日々触れ続けていることが大きいと思います。



究極の真理が、頭レベルではなく、感覚的に腑に落ちはじめたとき、

色んな思い込みがガラガラと崩れ去って行きました。




心理セラピーでは、苦しみを生む思い込みのことを、

「リミッティング・ビリーフ」と言います。



例えば、

○人の役に立てない私は生きている価値がない
○私は愛される為には成長してはいけない
○私は愛される為には色んなことを我慢しなければいけない
○私は無力だからなにも変えられない


など、幼少期に親から愛される為に、生き残るために、

自分で自分の能力に制限をかけているのが、リミッティング・ビリーフです。





これは、「自分」という「個人」がいて、

というのが大前提の話です。




で、このビリーフが書き変わることで、

○人の役にたてなくても私は生きている価値がある
○私は成長しても愛される
○私は我慢しなくても愛される
○私には人生を変えられる力がある


のように、

「苦しみ」を生むビリーフが、

「喜び」を生むビリーフに書き変わることで、

人生が生きやすくなるというメリットがあります。




「苦しみを生むビリーフ」を、

「喜びを生むビリーフ」に書き換えた。

ということなんですが、



でも、「ビリーフ」(信念)の枠を越えないんですよね。

「悪い信念」から、「良い信念」に書き換えることだけでも、

「難しい!精一杯!セラピー受けてるのに変われない!」

って人も沢山いらっしゃると思うのに不謹慎かも知れませんが、



でも、ただの「信念」=「思い込み」=「洗脳」なんです。






この「洗脳」を越えたところに、本当の私たちの真の姿があって、

どうしても、

どうしても、

どうしても、



私は究極の真実が知りたくて、

それを求めて生きてきました。

その、真の自分の姿を知りたくて、

生きてきました。




ビリーフをはずすことに躍起になっていたときは、

「問題のない自分」を目標にしていました。

一個ずつビリーフが解除され、問題がなくなっていって人生が楽になっても、

まだ、満足しない私がいました。




死にたい病の時に比べたら、

心も体も健康になって、欲しいものは全部手に入って、

何の不自由もなく生きることが出来ても尚、

満足しない私がいました。




その時に、出会ったのが非二元(ノンデュアリティ)のメッセージでした。




そこに答えがある、と、本能的に嗅ぎ付けた私は、

夢中でメッセージを聞き漁りました。



そこには、心理セラピーでは扱わない究極のビリーフを見つけるメッセージがあったのです。




それは、


「わたし」という「個人」があるというビリーフ(信念・思い込み)。

「わたしは肉体である」というビリーフ(信念・思い込み)。

「人生がある」というビリーフ(信念・思い込み)。



これは、「わたし」が「いる」という前提で学ぶ心理セラピーでは、

学ばないビリーフですし、

究極のビリーフなので、このビリーフが解除されたら、

個人が持つビリーフが、

ただの「人生ストーリーを作り出すデータベース」であるということが分かってしまうので、

それを「問題視」しなるので、

ビリーフがあったとしても「苦しみ」「問題」と捉えなくなります。




・・ようは、ここからは、仏教や古代の教えが伝えてきた領域に入るので、

一般の人には興味がなく、見向きされなかった部門なんですよね。




なぜなら、「わたし」という「個人」が、どのように「幸せになるか」

(幸せなビリーフを持って苦しまずに生きるか)

にしか、人々の大半は興味がないのですから。





ですが、非二元で言っているメッセージは、

「そもそも、その『個人』はいませんよ。全体だけしかありませんよ」と言っています。

「わたし」という「個人」はありませんよ。

「あなたは肉体ではありませんよ」

「人生はありませんよ」

と、言っているのです。


私たちの経験していることは、であって、幻想です、と。

この夢を「悪夢」から「ハッピードリーム」に変えるために、

「苦しみを生むビリーフ」から「喜びを生むビリーフ」に書き換えたところで、

「夢」の中で移動しているに過ぎませんよ、と。





非二元のメッセージは、

「夢から目覚めよう」と私たちに語りかけています。

語りかけてもいないかも。

ただ、

「この世は夢のように現れては消えていく世界で、あなたもその現れにすぎません」

と、教えてくれています。




わたしにとって、

「現れては消えていく『わたし』」という器しか

「わたし」はそこにしか存在できないとすれば、

それは絶望でしかなかったんです。



だって、どれだけ努力して「ハッピードリーム」をつかんだとしても、

それも死と共に失われていく。

どれだけ素晴らしい人間になったとしても、

それも死と共に失われていく。




人生の折り返し地点まで来ると、

何となく分かってくるんです。

この先、同じように「ハッピードリーム」を追いかけても、

死と共に手放して行かなくてはいけない、儚い、一瞬だけのことだと。




ですが、「自分」という「個人感覚」が薄れ始めると同時に、

別の次元を感じる様になってきました。




「わたし」という「個人」は現象の一部でしかなく、

いずれは消えていくもので、

そして、現象の消滅する「個人のわたし」以外に、自分のホーム(お家)があったのだと。




肉体の「わたし」、個人の「わたし」は、

夢の中の「わたし」と何ら変わりなく、

それを越えたところに、個人を越えたものがある。

それは、ワンネス・全部・全体の表現を起こしているものであって、

形のないもの、色のないもの、時空のないもの、始まりと終わりがないもの。





その次元に「個人の自分」が溶けて消えてしまったときに、

「人生の謎が解けた」

という感覚になったのです。






究極のビリーフが消えた瞬間でした。





人生の謎は、「人生はないし、自分という個人もいない。」

達成するべき何かもなければ、

責任も罪もない。

すべては許されていることしか起こらないし、

起こったこと全ては全体によって許されている。

そして、すべては全体の同意の上で起こっている。

本当の自分は現象界には存在しないし、

本当の自分は苦しまない。

私たちは肉体(カタチのあるもの)ではなく、カタチの無いもの。





この、目に見える現象界には、個人は一人もなく、

ストーリーだけが流れている。

そんな風に見える様になっています。


そのストーリーは、ホ・オポノポノ的に言うと「メモリー」です。


メモリーだけが流れている。


メモリーのダンスにしか見えなくなっています。





この感覚になってから、

毎日この世を体験できることが嬉しくて仕方ない。

友達に会えたり、主人と話したり、畑仕事や草抜きも。

嬉しくて、楽しくて、息を経験できることだけで嬉しい。

この幻の現象界を、あたかも本当に在るように経験できることが、

嬉しくて、楽しくて、その大いなる働きに謙虚な気持ちが湧いてくるのです。









人生の謎を解き始めている人が、

この地球上でどんどん、増えている気がします。

そんなストーリーがこの現象界に流れている気がします。






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by kaoru-hasegawa | 2016-10-26 11:16 | 解放(悟り) | Comments(0)