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すずなりの長谷川郁のブログです


by 長谷川 郁 ( 心理セラピスト・ボディセラピスト・断食指導
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ビリーフチェンジ・セッションを受けてきました


昨日、新大阪に、ビリーフチェンジ・セッションをしてもらいに、出かけていました。

普段は、セラピーをする側ですが、
自分のためにも、セラピーの腕を上げるためにも、セラピストも、セラピーを受けます。


私と、主人が、お世話になっているセラピストさんは、
棚田克彦先生の主催する、ビリーフチェンジプロセラピスト養成講座で、
ご一緒させていただいた、赤尾達也さんです。


プロセラピスト養成講座では、一緒に学ばせていただきましたが、
赤尾さんはすでに、東京で卒業されていて、再受講でした。

ですので、
私たちのとっては、先輩セラピストで、
その時はすでに、デビューもされていたので、
頼れるお兄さん的な感じで、仲良くしていただいていました。



今回の、赤尾さんのセッションは、3回目で、

「愛着を感じてはいけない」のビリーフを扱ってほしいという私の要望に応えていただき、
初めて「愛着を感じてはいけない」のセッションを体験しました。


特に、「愛着を感じてはいけない」の主訴を、日常で感じることはなかったのですが、
母親との心の葛藤が、いまだ、私の中に、残っているのを感じたのと、
お母さんに「ハグ」される感覚を、全く覚えていないので、
その感覚を、もう一度感じてみたいと思ったのがきっかけです。


(ちなみに、今では母とは仲良しですよ)



「愛着を感じてはいけない」を持つものは、

幼少期に、親との関係で、「愛着」という、「スキンシップ」を通じた、愛情の表現をもらえなかったことによって、心の中に「安心感」がない人のビリーフです。

安心感がないので、
孤独になると、過剰に怖くなり、リストカットをしたり、自分を痛めつけることもします。

愛情を確かめるために、一日何十回と、電話やメールをしたり、
高価なプレゼントや、目に見えるものでしか、愛情を感じられなかったりします。

自分の中に「愛」がないので、やたらと人から欲しくなり、もらえないと思うと、絶望します。



愛着のセッションのポイントは、


「愛情をくれなかったお母さんに対しての感情処理」をします。
(見捨てられそうで怖い・・・や、愛情をくれないお母さんに対する怒り・・・や、求めてももらえない悲しみ・・・などです)


その後に、
理想の、愛情をくれるお母さんに「ハグ」をしてもらいます。
「ハグ」という「愛着(密着)」を通じて、安心感や愛情を感じてもらいます。





・・・わたしに、この主訴があるかというと、正直、淋しがりではありますが、
ここまで極端に出ることはありません。



なので、今まで「愛着を感じてはいけない」のセッションをしてみようとは、思わなかったんですが、
母との葛藤を溶くには、愛着のセッションがいいな・・・と、セラピスト目線で自分を判断して
赤尾さんにお願いしました。


「母へのストレスを解放して、母に抱きしめられる」という流れが、
私の葛藤を溶かすために、必要な気がしたのです。




で、セッションは1時間半みっちりしていただいて、
見えてきたのが、


幼少期の私の「あきらめ」でした。


あぁ、沢山、私は、あきらめてきたんだなぁ・・・。
だから、今でも、何かを得ることに、躊躇してしまうんだなぁ・・・、と。


出てきたのは、こんな場面です。



幼少期、保育園に預けられていました。
父、母、ともに、共働きで、姉は小学校、私は保育園、
朝から、夕方になるまで、淋しくて、
お母さんはいつも忙しく、成長期の姉にばっかり母はエネルギーが行っていて、
私は、あまり注目されなかった。

お母さんに甘えたい。

でも、それを言ったら、お母さんがかわいそう。

なぜなら、家のことで忙しいし、
お母さんは私より、おねぇちゃんが好きだから。


じゃあ、かおるちゃんはどうするの??


「我慢する」








そんな場面を扱ってもらいました。



「本当にそれでいいのかなぁ」


と、セラピストに言われても、


「本当はイヤだ。でも、仕方ない」


って、また、「我慢」している幼少期のわたしが居ました。



父親はあまり家に居なかったのと、エネルギーが外に向いていて、家族に向いて無かった・・・ということと、姉は成長期で、お母さんのサポートが必要なように見えたのと、お母さんは、家族のために、忙しく働いていて、私のところまで、エネルギーを注ぐ余裕が無い。


そんな家庭で育った幼少期、
私は、「我慢」することで、家族の「バランス」を、無意識で取っていたのが解ったんです。



子供って、けなげですよね・・・。






セッションの流れで、
お母さんに対して、感じていた、「怒り」「悲しみ」「恐怖」を解放して、
最後は、理想のお母さん(アシスタントさん)に、ハグしてもらいました。



・・・そう言えば、お母さんに抱きしめられた覚えがないなぁ。
してもらったのかも知れないけど、覚えてないなぁ・・・。



そんな風に、抱きしめられながら、考えていました。


セッションが修了して、なんだか体が軽くなり、スッキリしました。







そう、
セッションで、親に対して、「怒り」「悲しみ」「恐怖」を解放したかったのは
これを持っている以上、
親を尊敬したり、感謝したり、高次の愛につながることが出来ないからです。



本当は愛している。
本当は、感謝している。
本当は尊敬している。



そのエネルギーとつながるために、
その上にかぶさっている感情(ストレス)を処理します。

例え何十年前の、過去のことであっても、

処理されていない「怒り」「悲しみ」「恐怖」は、私の中に留まります。

感情を解放して、ストレスを解放しないと、

頭では「親に感謝しなきゃ・・・」とか、思っていても、
愛情や感謝、尊敬という、崇高な感情とつながることが出来ないのです。


私は、つながりたかった。

崇高な、尊敬の念で、親とつながりたかった。

「かわいそう」や、「腹が立つ」という、
ネガティブなつながり方ではなく。


それが、自分の人生を、大きく変えるということが、
分かっているからです。


高次の愛で家族とつながると、
私に力が戻って来ます。


それは、クライアントさんを見ていても解ります。



私が、次のステージに上がろうとする時に、
「親からもらえなかった」(豊かさや、愛情、モノであっても)
ということが、ネックになることが、最近、感情ノートをつけていて見えてきたのです。

なので、そのブロックを取るべく、
セッションでは、「無条件に親からもらうこと」を潜在意識にインプットするような
セッションをしてもらおうと思って、「愛着を感じてはいけない」を扱ってもらいました。



子供の頃、
無条件に愛され、甘えることや、安心感や、抱きしめてもらうことによって、
体で「私は必要な人間なんだ」と感じたり、
「欲しい」と手を伸ばした時に、「いいよ」と、もらえた経験って、



大人になってから、自分がこの世で、
「夢を叶えて良い」
「欲しいものをあきらめなくていい」
「欲しいものを欲しいといっていい」


などの、感情と関係してきます。


夢が実現しない人の特徴として、
幼少期に、「思ったこと(子供のニーズ)」を、周りの大人が「叶えてくれた」という経験が少ないというのがあります。

そうすると、小さい子供は、
「思ったことは、現実に具現化されない」と、無意識に思いこむ(これがビリーフ)のです。



「お母さん、淋しいよ、甘えたい」→「今、忙しいの」

「お母さん、お話聞いて」→「お姉ちゃんのことで、手が一杯なの」

「お母さん、遊んで」→「そんな時間はない」


こんなやり取りの中で、私は、「欲しい」と言うことが、誰か(母)の迷惑になる、そんな風にインプットしていきました。

そして、世の中に出た時に、
どんどん、夢を叶えて、欲しいものをゲットして、自分から取りに行き、行動している人を羨ましく思う反面、自分は小さな枠の中で、「欲しいけど・・・・まぁ、いいか」と、やり過ごすことも、ありました。



それでも、随分、夢を叶えてきましたが、
もっと、もっと、自分の可能性を進化させて体験してみたい!
自分がどこまで変化するのか、見てみたい!!

という、欲求が高まってきています。


それを、具現化させる時に、ブロックになっているのが、母との心の葛藤だと思ったので、セッションで扱ってもらいました。


セッション後、右手の手の甲に、蕁麻疹が出たのは驚きでした(^^;)。


結構、コアな抑圧だったんだな~って。



1日経った今では、
ハグして、受け止めてもらった愛情を、温かく感じ、
宇宙に抱きとめてもらった様な気持ちが持続しています。



「大丈夫。思ったように飛びなさい」


そう、宇宙に言われている様な気がします。

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セッション、やるのも好きですが、
受けるのも、好きですね!
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by kaoru-hasegawa | 2014-07-30 19:30 | 日々の日記 | Comments(0)